きちがいはなんにん




俺を殴りたいといううずまきナルトの欲求は解消されることなく終わった。うずまきナルトの拳はくりかえし砂を叩き、俺とうずまきナルトの距離は砂のせいで目の前にいるのにとても遠かった。俺はうずまきナルトのこの虚しい行為に、こいつはキチガイだと思う。キチガイはいい、俺もキチガイになりたいものだ。

「我愛羅」

震える声が俺の名を呼んだ。俺から窓へ砂が逃げてゆく。その窓から差し込む真昼の陽光が、うずまきナルトの部屋を照らしている。このキチガイは毎日こんな光の中で生活しているのか。光を背負ったキチガイの表情はよく見えなかった。

「なんだ」

「あの、ごめん、いきなり」

「別にいい」

挨拶に行ったら出会い頭に殴られる、これは普通でないことだと思われるが、俺は結局殴られていないし相手はキチガイだ。別にいいだろう。どうでもいい。

「俺は挨拶に来ただけだ」

「うん、俺も今から里を出る」

「そうか」

「エロ仙人に修行つけてもらって、サスケを連れ戻すためにな、俺強くなって我愛羅にも負けねーぐらいになるつもりだってばよ」

「そうか」

うずまきナルトが俺の砂を突き破って俺を殴る光景を想像した。一度やられたことなのでそれは容易だった。その時、うずまきナルトと俺はどういうふうに交わるのだろうか。考えたら先程の行動にも興味が湧いた。以前仲間を作れと諭したうずまきナルトの拳が、伝えたいことはなんだったのか。

「うずまきナルト」

「う、ん?」

「お前が俺に伝えたいことはなんだ」

そう言うとうずまきナルトは徐に俯いてしまった。なにやらもどかしげに口を動かしている。そこから言葉が出るのを俺は待った。
部屋が急に暗くなったので窓のほうに目を向けると、太陽に雲がかぶっている。うなだれた首の向こうに見えるその雲は白く、砂隠れにもああいう雲が欲しいとぼんやり思った。

「我愛羅」

その声はまた震えていた。

「なんだ」

「俺な、お前のこと好きだ」

「……そうか」

そこで顔を上げたうずまきナルトの表情は悲しげで寂しげで、俺は驚いた。
孤独の目だ。

「俺が伝えたかったのは、お前を殴りたいってことだってばよ」

「それは、答えになっていない」

「俺はお前のこと、仲間だと思ってる。同じ気持ちを知ってる。好きだ。だけどお前、お前がいなくなってから俺は、お前のせいで」

うずまきナルトの孤独の目から涙が出てきて、流れた。その目はもはや狂気を孕んでいた。うずまきナルトは恐ろしい形相で泣き出した。

「お前のこと、好きだ」

気付いたら抱きつかれていた。唇に唇が当たる。

今のこいつは俺を殺せてしまうのではないかと思った。砂も作動しない。もしこんな形で俺の人生が終わるのなら、このキチガイは果たして俺の死を悲しむのだろうか。多分そうじゃない、むしろ喜びすらしそうだ。なんにせよ、俺はまだ死にたくはない。
そこで俺は気付いた、俺のためなら俺はうずまきナルトを殺せる。ああなんだ、俺だって立派なキチガイだったのだ。