雨が降っている。砂漠に降る雨は荒々しく偉大で、全てを包み込み濡らす。
執務室でキスをした。唇の感触が生々しくて、唐突に腹が立った。殺意さえ覚えた。
悪魔と接吻を
「あれ、びっくりしねーの」
「退け」
いきなりされた口付けが不快で、口元をぐいと拭った。あっキズつくなーとか言ってる目の前の奴が恨めしい。簡単に言葉を発して簡単に嘘をつく。本当に傷つくのなら何度だってやってやる。
「ホントに驚かないのかよ」
「ああ」
「なんで」
奴は、うずまきナルトは、石机に片手をついてまっすぐ俺を見た。俺はその目線に本当に苛立って、黒い布の敷物に張り付いた手めがけて勢いよく拳をふりおろした。にぶい音がする。
「答えろよ」
手は死んだ虫のように動かなかった。俺はもういちど拳をふりあげて、おろした。
「おい、こた」
「ふざけるな!俺は仕事中だ」
自分で言って気付いた、そうだ俺は仕事中だった。客とも呼べない者に構ってる暇があれば書類の整理をしなければならないのだ。此処は仕事をする場所でキスする場所でも人を怒鳴りつける場所でもない。
らしくない動揺などしてしまった。後悔が苦く沁みる。
うずまきナルトという存在事態が後悔の対象だった。こんな奴に出会いたくなかった。人をかき回して混乱させる、うずまきナルトは悪魔だ。
にがかった。味覚が苦味を感知した。
「……出ていけ」
「いやだ」
「お前は何がしたいんだ」
「告白。俺お前のこと好きなんだ」
一気に頭に血が上って気付いたら奴の頬を思い切りひっぱたいていた。すごい音がして奴の頭が傾く。
肩で息をしていた。うずまきナルトは俯き加減で黙って立っている。荒くなった息を静めるとき、雨の音が聞こえた。そうだ、雨が降っていたのだ。
雨は渇いた砂漠を満たす。荒々しくもなくてはならない存在だ。激しい雨音は俺たちを救う。
俺はつめたくしずか、冷静になった。冴えた頭で密かに失望した。知らず希望を持っていた。望みを失ってこそ、落ち着いていられる。
「すまなかった」
「いや、俺も、ゴメン」
死んだ虫の手が机から退いていった。赤くなったその手が虫でないことを理解した。
忘れていたのが不思議なくらい雨は激しく、悪魔は狂ったように黙り込む。俺にはそれが耐えられず、やはり望みは捨てきれず、頭の奥がつんと痛んだ。
椅子から腰をあげてうずまきナルトの両頬に手を当て、顔を上げさせる。まっすぐに目を合わせてきたが今度は慌てなかった。ぐ、と上半身を伸ばして引き結ばれた唇に唇を合わせた。
頭の奥がつんと痛んだ。唇は生々しい。薄い皮の膜だけが口付けする者を別個の人間とする。近づくことに対する恐怖か、繋がりきれないというもどかしい怒りか、俺の頭は痛んだ。
久しぶりの痛みだった。ずっと覚えていた痛みだった。懐かしいのかもしれない。
「……なんだよ、今の」
少し考えて答えを探した。
「知らん」
この男を人間として認識してはいけないと思った。次にキスする時はもっとうまくやろう。