遊びだと、彼はそう思っているのだろうか。キスをするのも抱き合うのもセックスするのも、全部くだらないままごとだと思っているのだろうか。いつか飽きたと言って目もくれずに俺の存在を拒絶する日が来るのだろうか。
酸より甘く
殺せよ。
俺がそう言うと、我愛羅はまばたきをした。ゆっくりと一回。しっかりと彼の目を見据えて数えた。
「俺のこと殺すって、言っただろ」
「……」
怒れ、怒鳴れ。彼が黙っているので俺は増長した。挑発しようと口を開く。
「なあ、俺のこと殺したくない?」
「……黙れ」
「それとも、殺せないのか?守鶴がいな」
痛みがきたのは倒れこんだ後だった。鼻を殴られて床にふっとんだ俺。それを見下ろす我愛羅。凶器の右手に血が付いている。なぜだろう、と考えて気付いた。鼻から流れたそれは俺の唇にも届いた。
痛みは鈍く響き、なんだか俺はぼんやり嬉しいと思った。我愛羅の高い沸点をつくのに何を言ったらいいのか分かってる、ということを認識できたからだ。
我愛羅が俺の腹の上に乗る。身軽な体ゆえに圧迫感は僅かで、すごく焦れったかった。は、と詰まった息を吐く。血のにおいの息を吐く。
俺は俺の中のバケ狐ごと俺を潰してほしかった。我愛羅の前で俺は象の足元の蟻でありたかった。なんの気概も感傷もなく一瞬で終わる関係が良いと望んだ。そうなることを一番恐れていたくせに、身勝手にそう思った。
「死ね」
冷たく放たれる声。好きだと思った。好きだ。好きだ。
我愛羅の手が俺の首を覆う。その手はひんやりしていて気持ちいい。俺は目をつむって、記憶と感触から彼の両手を思い起こそうとする。
年の割には少し幼い気がするその手は、俺の気管を容赦なくふさいだ。
骨張っていない柔らかい手だ。そこに宿る修羅の狂気を、細い十本の指は受け止めきれるのだろうか。うまく隠して抱えていけるのだろうか。いつか壊れてしまうんじゃないだろうか。
それは、いや、だ、な。
冷えていた手がぬるくなって温度の差がなくなってゆく。頭に血が回らなくなってぼんやりしてきた。口の中が鉄でいっぱいになっている。少し気持ち悪い。
けれども目の前にある顔は美しく、いつにもましてこの世のものとは思えない。神聖さすら感じた。
彼は、我愛羅は、目を見開いてひどく苦しそうだ。
増していく締め付けに体が反抗する。むせた。げほげほと呻いたら急に愉悦がこみあげてきた。『ははははは』と大きな声で笑おうとしたが失敗してまたむせた。それさえ愉快でたまらなかった。
首もとに手をやると指先に彼の手の甲があたった。触れたともいえないような、それだけだった。たったそれだけで、我愛羅の殺意はひゅっと離れた。我愛羅は俺の首を締めるのをやめてしまった。
今度こそ声をはりあげて笑った。高らかに、盛大に笑った。はははははははははは。一気に酸素が入って出て頭がキンキン痛み、涙が出てきた。それは頬をすべって首に落ちた。涙は止まらず流れ流れた。俺はぼろぼろ泣きながら、死ぬまで笑い続けたいと喉を震わせた。